プラド美術館にあるベラスケスの重要作品は?「ラス・メニーナス」に隠された謎とは?

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『プラド美術館展 ベラスケスと絵画の栄光』(2月24日~5月27日:国立西洋美術館、6月13日~10月14日:兵庫県立美術館)でベラスケスの作品7点が展示されます。

 

画家の中の画家と呼ばれたベラスケスの作品の3分の2を所有するプラド美術館簡単な歴史やベラスケスの生涯と時代別の重要な作品、そして彼の最高傑作『ラス・メニーナス』に隠された謎について説明します。

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プラド美術館の前身王立美術館の推進者とは?

出典: https://3.bp.blogspot.com

 

プラド美術館の建物は、カルロス3世の命により自然科学研究室用に設計されたものですが、独立戦争後にカルロス3世の孫のフェルナンド7世が、スペイン王家の美術コレクションを展示する王立美術館にすると決めます。

 

しかし、王立美術館の真の推進者は彼の妻で芸術をこよなく愛したマリア・イサベル・デ・バルガンサです。

 

右手で王立美術館を指し、左手で美術館の設計図を押さえる彼女を描いたベルナルド・ロペス・ピケル(Bernardo López Piquer)の作品が証拠となって今でも残っています。

 

マリア・イサベル・デ・バルガンサは、分娩中の緊急帝王切開が原因で21歳の若さで亡くなります。

 

王立美術館が公開されたのは、彼女の死から1年経った1819年でした。

 

プラド美術館の作品はどこから来ているの?

プラド美術館に展示作品は下記4つのグループに分けることができます。

  • スペイン王家の美術コレクション
  • メンディサバル法により没収された教会や修道院の芸術品を所有していたトリニダード美術館の宗教画コレクション
  • 寄贈品
  • 美術館が買い取った作品

 

ゴヤの黒い絵は19世紀にバロン・エミール・デランジェがプラド美術館へ寄贈された作品で、同じくゴヤのチンチョン伯爵夫人は2000年にプラド美術館が購入した絵画の一例です。

 

プラド美術館の簡単な紹介はこのくらいにして、ベラスケスに移ります。彼の生涯と各時代の代表作品を紹介します。

 

ベラスケスの出身地は?初期の代表作品は?

ベラスケスは、1599年にセビリアで生まれました。

 

彼のフルネームは、Diego Rodríguez de Silva y Velazquez(ディエゴ・ロドリゲス・デ・シルバ・イ・ベラスケス)で、ベラスケスは母親の第一苗字です。

 

幼い頃から彼の絵の才能を見出した両親は、ベラスケスを当時セビリアで有名な芸術家フランシスコ・パチェコに弟子入りさせます。

 

ベラスケスは、その後パチェコの娘と結婚し、24歳でマドリードへ移り宮廷画家となります。

 

セビリア時代の代表作に「Adoración de los reyes magos(東方三博士の礼拝)」と「La venerable madre Jerónima de la Fuente(修道女ヘロニマ・デ・ラ・フエンテ」があります。

 

Adoración de los reyes magos(東方三博士の礼拝)

出典: http://www.cuadernodearte.es

 

宮廷画家初期の代表作品は「バッカスの勝利(酔っぱらいたち)」です。

 

ベラスケスの作品Los Borrachos

 

イタリア旅行の理由やこの時期の作品は?

1629~1631年の2年間、ベラスケスはティントレットやミケランジェロの作品に触れ、イタリア美術を学びながら、フェリぺ4世が所有する宮殿内に飾る美術品の買い付けをしました。

 

ローマのヴィラ・メディチに2か月間滞在したベラスケスが描いた作品『Vista del jardín de la Villa Médicis(ヴィラ・メディチ庭園の景色)』があります。

 

Vista_del_jardín_de_la_Villa_Medici_en_Roma,_por_Diego_Velázquez

出典: https://upload.wikimedia.org

 

小さい風景画です。これのどこが重要なの?と思いますが、王様や教会など作品の依頼者(顧客)が望むものを描く画家が、自分の目に前にある風景をメインに絵を描くということが新しいのです。

 

この他にヴィラ・メディチの風景画はもう1枚あります。

 

イタリアから戻った後の代表作品は?

イタリアから戻ってきたベラスケスは、再び宮廷画家として肖像画を描きながら、マドリードの市外に建設された新しいブエン・レティ―ロ宮殿やフェリペ4世が狩猟で出かけた時に利用する狩猟塔(Torre de la Parada)の装飾プロジェクトに携わります。

 

この頃の主な代表作はこちらです。

  • CRISTO CRUCIFICADO(キリストの磔刑)
  • LA CORONACIÓN DE LA VIRGEN(聖母の戴冠)
  • LAS LANZAS O LA RENDICIÓN DE BREDA(ブレダの開城)
  • EL PRÍNCIPE BALTASAR CARLOS, A CABALLO(王太子バルタサール・カルロス騎馬像)
  • その他、王家のメンバーの肖像画

 

王太子バルタサール・カルロス騎馬像は、日本で開催されるプラド美術館展で見ることができます。

 

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1640年代のスペインとは?ベラスケスは再びイタリアへ

1640年代はスペインにとって軍事的や経済的な面で危機的な状況、特に政治的に混乱します。

  • 1640年にカタルーニャで農民反乱。戦争は1652年まで続き、独立寸前までいった。
  • 1640年12月、ポルトガルでも反乱。ポルトガルはスペインから独立した。

しかし、こんな状況でもフェリペ4世の美術コレクション収集の情熱は冷めることなく、再び美術品の買付けにベラスケスをイタリアへ送ります。

 

1649年、2度目のイタリア滞在中に子供も生まれたり公私ともに非常に充実した期間となります。

 

2度目のイタリア滞在中の作品に「FERDINANDO BRANDANIの肖像画」がありますが、そろそろ彼の最高傑作「ラス・メニーナス」と作品に隠された謎について見てみます。

 

ベラスケスの最高傑作「ラス・メニーナス」とは?

Las Meninas

出典: http://img.rtve.es

 

プラド美術館で実際に見た人も多いと思いますが、簡単な作品の説明はこちら。

『ラス・メニーナス』の舞台はフェリペ4世のマドリード宮殿の大きな一室である。

人物像のうち、幾人かはカンバスの中から鑑賞者の側に向かって注意を向け、残りの幾人かが互いに交流している。幼いマルガリータ王女を取り囲んでいるのは、お付きの女官、侍女、目付役、2人の小人と1匹の犬である。

彼らの背後には、大きなカンバスに向かうベラスケス自身が描かれている。ベラスケスの視線は、絵の中の空間を超えて、絵の鑑賞者自身の立ち位置の方向に向けられている。

背景には鏡がかかっていて、王と王妃の上半身が映っている。王と王妃は、絵の外、つまり鑑賞者の立ち位置と同じ場所に立っているように見える。

引用: Wikipedia

ベラスケス「ラス・メニーナス」の女官はガリシア人?どの人物?

本題の謎の部分に入りますが、ベラスケスの服の胸元に見えるマークは何だかわかりますか?

 

胸元の赤いマークにまつわる謎とは?

サンティアゴ騎士団の十字章

 

ベラスケスの胸元に見えるのは、サンティアゴ騎士団の十字章です。

サンティアゴ騎士団 (Orden Militar de Santiago)は、12世紀にイベリア半島で国家の庇護のもと設立された騎士団。ガリシアとアストゥリアスの聖人・聖ヤコブの旗のもと、イベリア半島のイスラム勢力との戦いで名を成した。

聖ヤコブ信仰の中心地サンティアゴ・デ・コンポステーラ(ガリシア)は、騎士団の発祥地・本拠地ではない。レオ王国の首都レオン、カスティーリャ王国の都市ウクレスが、発祥地の候補として争っている。

引用: Wikipedia

 

サンティアゴ騎士団のメンバーに選ばれるには、キリスト教徒であることや4世代前の家系まで遡って高貴な家の出身か等の厳しい条件をクリアする必要があります。

 

ベラスケスはポルトガルからセビリアに移りキリスト教に改宗したユダヤ人(コンベルソス)の子孫であることから

 

騎士団への加入を拒否されます。

 

しかし、フェリペ4世が当時のローマ教皇へ懇願し、1659年11月28日に晴れてサンティアゴ騎士団の一員となります。

 

ところが、ベラスケスがラス・メニーナスを描いたのは1656年、騎士団加入の3年前です。

 

メンバーでもないのに騎士団の十字章を自らの胸元に描いたではなく、1656年の完成後に手直しされたことになります。

 

生前にベラスケス自ら十字章を描き加えたとする説が有力ですが、絵のタッチからベラスケス自身が手直ししたと100%確定できないというプラド美術館の専門家の意見もあります。

 

手直しの時期を知る資料もないので、フェリペ4世が後ほど手直ししたとする説もあるくらいです。(情報元: abc.com

 

さいごに

プラド美術館に展示されているベラスケスの作品のほんの一部を彼の生涯と重ねながら紹介しましたがいかがでしたでしょうか。

 

プラド美術館にあるベラスケスの作品は、美術館のビリャヌエバ館1階(Planta primera)の部屋(7、9A、10、11、12、14、15、15A)に展示されています。

 

来年は、プラド美術館200周年記念の年ですので、マドリードで200周年特別イベントなど開催されるのではないかと思います。今年・来年とプラド美術館を訪れる方にこの記事の内容がお役に立てれば嬉しいです。

 

 

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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サンティアゴ・デ・コンポステーラ在住の40代2児のママ。3歳の娘と日々格闘中。スペインの観光や留学生活、サンティアゴ巡礼路に関する情報を発信します。スペイン旅行の悩みに記事内で回答します。問合せ
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