カタルーニャ州以外でガウディの建築が見られる場所は、世界にたった3つ。
そのうちの一つが、ここレオンの街にあります。
まるでおとぎ話のお城のような「カサ・ボティネス」。
2017年の一般公開以来、レオン観光では大聖堂と並ぶ必須スポットとなりました。
公認ガイドの視点で、その驚きの内部と、100年隠されていた「秘密の設計図」の物語をご案内します。
カサ・ボティネスの簡単な歴史

1891年、レオン市の商人シモン・フェルナンデスとマリアノ・アンドレスが、新しい会社の建築場所としてサン・マルセロ広場の土地800㎡を購入し、建物の設計をガウディに依頼しました。
- フェルナンデスとアンドレスが、ガウディの後援者グエル伯爵と仕事の取引関係があった。
- 当時、ガウディはレオンから約50㎞離れたアストルガの司教館建設の仕事をしていた。
という状況で、ガウディはレオン市での仕事の依頼を受けました。
カサ・ボティネス完成までの流れ
1891年12月
ガウディが建物の設計図を送る。
1892年1月
建設工事の開始
1892年11月
10か月の建設期間を経て、カサ・ボティネスが完成。
当初、カサ・ボティネスは…
- 地下は、布を保管する倉庫
- 1階は、両替商
- 2階から上は賃貸住宅
という多機能な建物として誕生しました。
カサ・ボティネスの意味

「土地を買ったのはフェルナンデスとアンドレスなのに、なぜボティネス(Botines)なの?」という疑問をよく耳にします。
実はこれ、レオン市民がつけた「愛称」が定着したものなのです。
彼らが働いていた生地屋のオーナーは、カタルーニャ出身のジョアン・オムス・ボティナ。
レオンの人々は親しみを込めて、彼の苗字をカスティーリャ語風に「ボティネス」と呼びました。
オーナーが亡くなり、店舗が移転しても、市民は変わらず「ボティネスさんのところ」と呼び続けました。
街の人々に愛されたニックネームが、今では世界に知られるガウディ建築の名前になったのです。
それでは、実際にカサ・ボティネスの中を覗いてみましょう。
カサ・ボティネスの中の様子
1階

カサ・ボティネスの歴史を伝えるパネルや土地の権利書など建築に関する書類を見ることができます。
床にあるQRコードを読み取って携帯画面で当時の建物の様子を見ることができます。
フェルナンデスとアンドレスの生地屋の様子を再現したスペースや、その後銀行として使用されたころの家具も展示されています。
住宅スペース

ぜひ注目してほしいのが、ガウディの「ここに住む人達への優しさ」です。
例えば、ドアの取っ手。握ってみると、驚くほど自然に手に馴染みます。
登り下りがスムーズな寸法の階段や途中に設けられた椅子は、登り降りの合間にふと一息つけるように。
建物の内部に多く自然の光を取り入れるようつけられた窓
「建築は人間が使うもの」というガウディの哲学が、130年以上前の建物の中に今も息づいています。
細部まで機能性を重視したガウディのデザインが素晴らしいです。
ガウディがデザインした椅子や鏡などの家具、絵画の展示スペースもあります。
この住宅部分は、1992年まで住人が住んでいましたが、最後の住人だった歯医者の内装も再現しています。
隠された設計図はどこに?
本文の最初で、カサ・ボティネスの建設期間は10か月とお伝えしたのを覚えていますか?
実は、建物が完成したにも関わらず、設計図や工事に関わる文書が発見されず、建設プロジェクトの詳しい情報が分かりませんでした。
1950年の修復工事中に偶然発見されたからよかったのですが、ガウディが建物のある場所に設計図を隠していたのです。
隠し場所はなんと…

正面門の上にあるカタルーニャ州の守護聖人サン・ジョルディの彫刻にありました。
損傷が激しくなっていたサン・ジョルディの彫刻を外したところ、ドラゴンの口の中から
- ガウディのサイン入り設計図が2枚
- エル・カンペオン(El Campeon)紙が2部入った鉛のチューブ
- 建築プロジェクトに関する資料
が発見されました。
まとめ
- 希少性: カタルーニャ以外で見られる数少ないガウディ建築の一つ。
- スピード: わずか10ヶ月で完成した奇跡のプロジェクト。
- 由来: 市民に愛された「ニックネーム」がそのまま名前に。
- 体験: 2017年から一般公開され、ガウディの哲学に触れられる。
レオンの駅やバス停から、大聖堂へ向かう途中に現れるこの美しい「お城」。
タクシーで通り過ぎるにはあまりにも惜しい、レオンの至宝です。
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