サンティアゴ巡礼路の魅力は、目的地の壮麗な大聖堂だけでなく、そこまでの道のりと自然の中を歩く体験そのものにあります。
自然と一体になって歩きながら心に深い癒しを感じたり、気づきの瞬間を経験したのは私だけではないはずです。
かし、ガリシアの貴重な自然環境と巡礼路の景観が、大きな危機に直面していた時期がありました。
それが、ポルトガルの企業Altri社による大規模セルロース工場の建設計画です。
そして2026年2月、ついに大きな転換点が訪れました。
公認ガイドとして日本人巡礼者をご案内する時、私はこの問題について必ず説明してきました。
この記事では、問題の全体像と最新の動きをお伝えします。
Altri社セルロース工場建設計画とは
ポルトガルの大手製紙企業Altri社が進めているガリシア州でのセルロース工場建設計画(通称:GAMAプロジェクト)は、年間60万トンものセルロースを生産する大規模施設です。
このプロジェクトの主な特徴は:
- 敷地面積は366ヘクタール(ポンテベドラ県の既存工場の10倍の広さ)
- 75メートルの高さの煙突を含む大規模施設
- 年間に約120万トンのユーカリを消費
- 毎日最大46,000立方メートルの水を使用(ルーゴ県全体の消費量に相当)
環境面での懸念も大きく、工場予定地は絶滅危惧種が生息する特別保護区域に隣接しており、使用される水が最終的に流れ込むアロウサ川口はガリシア最大の貝類生産地域でもあります。
そして、サンティアゴ巡礼路との関りは何かというと、この工場の建設予定地がフランス人の道(カミーノ・フランセス)の主要な通過地点、パラス・デ・レイだということです。工場は巡礼路からわずか数キロの距離に計画されています。
賛否両論:なぜこれほど大きな問題になっているのか
州政府はこのプロジェクトを「経済発展と雇用創出の機会」として強く支持しています。当初は2,500人の雇用を謳っていましたが、現在では直接雇用はわずか500人と大幅に下方修正されています。また、総予算9億ユーロ(約1450億円)のうち、4分の1以上を公的資金に依存する計画であることも問題視されています。
一方、地元住民や環境団体はガリシアの心臓部における環境爆弾とこのプロジェクトを表現し、強く反対しています。
特に懸念されているのは:
- 工場からの排出物が周辺の農業や漁業に与える影響
- 巡礼路の景観と体験の質の低下
- ユーカリ需要増加による森林生態系への影響
この問題は地域を超えた注目を集め、世界52の環境団体がプロジェクトの停止を求める書簡を政府に送付。プレスティージ号事故以来、ガリシアで最大の社会的反応を引き起こしたと言われるほどの大規模な反対運動に発展しています。
実は、このプロジェクトは2021年の発表時に「持続可能な繊維工場」として紹介されました。後になって、実際の主な生産物がパルプであることが判明。この「後出し情報」が、地域住民の根本的な不信感と怒りの出発点になりました。
David Chipperfield氏の声明
2023年プリツカー賞受賞建築家デイビッド・チッパーフィールド氏が最初にガリシアを訪れたのはおよそ30年前。
現在はガリシアに自分の家を持ち、年を追うごとにガリシアでの滞在期間が長くなっています。地域に深い愛着を持つチッパーフィールド氏は、ガリシア最大の新聞紙(La Voz de Galicia)に意見を寄せ、Altri社の計画に対する明確な反対の立場を表明しました。
彼は「ガリシアの富と未来は自然資本にある。環境はその宝である」と述べ、この論争を単純な「経済vs環境」という二項対立ではなく、地域の長期的な持続可能性という観点から考えるべきだと主張しました。
これに対しガリシア州首相ルエダ氏は、チッパーフィールド氏の意見を「出された意見の一つにすぎない」と評し、「彼は十分な情報を持っていない」と示唆。この反応は、州政府が専門家の懸念をも簡単に退ける姿勢を示すものでした。
現地に暮らす私の視点と体験
私にとってデイビッド氏のAltri工場建設反対の記事は、彼のガリシアへの思いを再確認するものでした。
ある仕事がきっかけで彼と直接会う機会があり、コルベドのご自宅にも少しの間だけお邪魔したことがあります。
その日の夜、彼が改修設計をした美味しい夕食を食べた後、バルの隣でサッカーの試合を中継をしているテレビ画面を立ったままじっくり見ている彼の姿が私にはとても印象的でした。
「世界的建築家」でありながら、地域に根を下ろしている感じが伝わったからです。
ガリシアは自然や食文化など世界の多くの国が失ってしまった良さをまだ残している、それを守っていくのが重要であるというような話していたことが印象に残っています。
私ももちろんこの工場建設に反対です。
巡礼ツアーの道中、署名活動のポイントではお客様と一緒に署名してきました。でも正直、州政府が住民の声を無視して進めるだろうと半ば諦めているところがありました。
そんな時にデイビッド氏の記事を読み、自分のできる範囲でもやれることはないかと考えて、この記事を書こうと思いました。
サンティアゴ巡礼路の未来に関わる問題
Altri社の工場建設がもたらす影響は単なる景観の問題だけでなく、巡礼体験の本質にも関わる問題です:
工場の存在、騒音、特有の臭いは、自然の中での巡礼体験を少なからず変えてしまうでしょう。
実際、他のルートでも工業地帯を通過するところがありますが、一気に現実に戻されるというか巡礼体験が低下する瞬間であることは否めません。
長期的には、ユーカリのプランテーション拡大による景観の均質化も懸念されます。
ガリシア固有の多様な森林生態系が単一種のユーカリ林に置き換えられれば、巡礼路の風景は徐々にその歴史的・文化的価値を失っていくでしょう。
【2026年2月 最新情報】廃案へ——でも、まだ油断できない
2026年2月、この問題に大きな転換点が訪れました。
ガリシア州政府(Xunta)の経済産業担当が、AltriのGAMAプロジェクトの廃案手続き(archivo)の開始を正式に発表したのです。
廃案に至った3つの理由
① 電力接続の拒否(最大の要因)
スペイン中央政府が2030年までの電力インフラ計画に、Altriが必要とする変電所の接続を盛り込まなかったことが決定的でした。「工場は電気がなければ動かない」——州政府も許可を進められなくなりました。
② EU・公的資金の未確保
総工費9億ユーロのうち少なくとも25%を公的資金で賄う計画でしたが、EU補助金の獲得も思うようにいきませんでした。
③ 市民の圧倒的な反対
2024年5月のパラス・デ・レイでのデモに始まり、同年12月にはサンティアゴで主催者発表10万人規模の大行進が実現。提出された市民からの異議申し立ては23,000件を超えました。
まだ「完全終了」ではない
正直にお伝えします。廃案手続き開始=完全終了ではありません。
Altriの子会社Greenfiber社には発表から3ヶ月間、反論を提出する権利があります(期限は2026年5月末頃)。
代替の電力接続方法を示すことができれば、プロジェクトが続く可能性も残っています。
また、現在スペインの中央政府と州政府は政党が異なります。
将来政権構成が変わり、状況が変われば、再び動き出すシナリオもゼロではありません。
日本にいるとどうしても他人事になりがちなのはわかるけれども、知っているだけでも違うと思います。
この記事を読んでくださっただけでも十分です。
でも、もし巡礼に興味ある人が周りにいたら記事をシェアするなどして教えてあげてもらえたら嬉しいです。
続報は5月末以降、この記事でお伝えします。
実際に、ネット記事を読んで詳しく知りたいという方は、当記事を書くために参考にした記事のリンクを一部紹介しますのでどうぞ。
参考記事:
- https://www.eldiario.es/galicia/monstruo-mastica-eucalipto-plan-altri-xunta-impulsar-pastera-galicia-borde-rio-ulla_1_11220686.html
- https://www.eldiario.es/galicia/rueda-desprecia-rechazo-reconocido-arquitecto-chipperfield-altri-no-si-informacion_1_12139487.html
- La Voz de Galicia: La Xunta anuncia el archivo del proyecto de Altri(2026年2月26日)
最後まで読んで下さりありがとうございます。
