「ZARAって、実はガリシアの発祥なんですよ」
ガイド中、このお話をすると、皆さん「えっ!そうなの?」と驚かれます。
世界中どこにでもあるZARAですが、その魂は、ガリシア州ア・コルーニャの街並みから生まれました。
今回は、私が現地で実際に肌で感じた「コルーニャと服」のちょっと特別なお話を、2026年の最新ニュースとともにお届けします。
「ここはファッションショーの会場?」公園で感じた衝撃の差
私の子供がまだ幼い頃、義理の両親が住むコルーニャへ遊びに行った時のことです。
コルーニャ市内にある公園へ足を踏み入れた瞬間、私は言葉を失いました。
そこにいる子供たちが、まるで「これからファッションショーにでも出るの?」というくらい、完璧におしゃれな格好をして走り回っていたのです。
その中にいる自分の子供たちは……「完全な田舎の子供」の姿で可哀そうになるくらい(笑)。
あまりのギャップに、当時は本当に驚きました。
数年後、コルーニャ出身の同僚にその話をすると、彼女は笑いながらこう言いました。
「そういえば、家のおばあちゃんとかパンを買いに行くだけでも、外に出る時はきちんとした身なりをしていく感覚はあるかもね」
全員が全員そうではなくても、傾向として外に出る時におしゃれをする感覚はかなり高い町だと私は思います。
次に、ZARAが生まれた背景などについて見ていきます。
バスローブから始まった、帝国のルーツ

今や世界最大のブランドですが、その始まりは1963年。
創業者アマンシオ・オルテガが奥様と始めた小さな会社「GOA」で作っていたのは、「中綿入りのバスローブ」でした。
当時、コルーニャ市内で女性用の下着や洋服を売る店を営んでいた義理の父も、GOAのローブを買ったと教えてくれました。
GOAは、彼の名前Amancio Ortega Gaonaのイニシャルを逆さまにしたものです。

身近な下着メーカーから始まり、1975年に第1号店をオープン。
スペイン国内でZARAの認知度が上がった頃のエピソードとして、義理の父が教えてくれたことがあります。
当時、マドリードのファッション・ショーでカメラ撮影が禁止されていました。
ファッションショーを見に来ていたZARAの職員たちは、その場でモデルが来ている服のデザインを一生懸命絵に描いていたそうです。
新しいデザインをすぐ製品にして安い価格で店頭に出していたわけです。
ZARAの意味は?
フアン・フローレス通りに開いた店の名前は、実はZARAではなく「ZORBA」でした。
1964年公開の映画「Zorba the greek(邦題: その男ゾルバ)」が好きだったというのが理由だそうですが、なんと店の近くに同じ名前のカフェテリアがあることに気づきます。
ZORBAのを構成するアルファベット(Z・A・R)からZARAという言葉を思いついたという話が多く伝えられています。
ですから、ZARAの名前に特別な意味はありません。
2026年1月:伝説の1号店が閉店。コルーニャのインディテックス街とは?
フアン・フローレス通りの「ZARA第1号店」は、2026年1月30日、50年以上の歴史に幕を閉じました。
寂しさはありますが、今のコルーニャには、ZARAを含むインディテックスブランドが街区を丸ごと埋め尽くす「Manzana INDITEX(インディテックス街)」があります。
贅沢な寄り道:ZARAの中のカフェ「ZACAFFE」

私も先日、そのインディテックス街の店舗内にある「ZACAFFE(ザカフェ)」に行ってきました。
服を選ぶ合間に、洗練された空間で美味しいコーヒーをいただく。
土曜日の午後は非常に混んでいましたが、洋服を見て疲れたら建物内にあるこの新しいカフェで贅沢なひと時を過ごせます。
カフェスペース内には、そこでしか販売していない服やコルーニャマークの布バッグや文房具が販売されています。
まとめ:ZARAのルーツ、ガリシアの風を感じて
コルーニャにとって、ZARAはひとつのファッションブランド以上の大きな影響力を持っています。
そして、インディテックスのブランド以外に非常におしゃれな洋服のお店が多いのも事実です。
是非、コルーニャに来ることがあればお買い物も楽しんで下さいね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。