2010年、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学で観光学の修士課程に在籍していた時、ある授業でその名前を初めて聞きました。
コウト・ミクスト(Couto Mixto)。
スペインとポルトガルの国境に、700年近く誰にも属さなかった小さな独立国があったのです。
当時からずっと気になっていたコウト・ミクスト。
ガリシア地方にある場所とはいえ、なかなかすぐに行ける場所でもなく、今回15年後に初めてこの地に訪れることができました。
本文ではコウト・ミクストについて紹介しますので、興味のある方は是非本文を最後までお読みくださいね。
税金なし、兵役なし、国籍は自分で選ぶ

コウト・ミクストは、現在のオウレンセ県南部に位置する3つの小さな村——サンティアゴ・デ・ルビアス、ルビアス、メアウス——から成る、約26平方キロメートルの小国でした。
中世後期から1864年まで、スペイン王国にもポルトガル王国にも属さない独立した存在として機能していました。
その特権がすごい。
納税の免除、兵役の義務もなし、いかなる状況でも武器の携帯が認められたのです。
そして——おそらく最も驚くべきことに——国籍をスペイン、ポルトガル、コウト・ミクストの三択から自由に選ぶことができたのです。
さらに「カミーニョ・プリビレジアード(特権の道)」と呼ばれる約6kmの専用ルートを使えば、関税なしにポルトガルへ行き来もできた。
現代でもなかなか実現していない権利が、数百年前のガリシアの山の中で当たり前のように存在していたのです。
ガリシアは、イベリア半島の西の端にある遅れた地方というイメージがある人にはこんな歴史を持つ場所があったとは想像できないでしょう。
どうやって成立したのか
正確な起源は12世紀頃といわれていますが、はっきりしていません。
なぜなら、フランス軍が資料を焼いてしまったため、記録がほとんど残っていないからです。
ポルトガルが独立を果たした12世紀頃、この地域はスペイン側なのかポルトガル側なのかはっきりしなかったのです。
国境の画定が曖昧な時代に、住民たちは「どちらでもない」という選択をした。
そうして生まれたのがコウト・ミクスト——「混合の囲い地」という意味の名前を持つ、独自の共同体だったわけです。
政治の仕組みも独特で、サンティアゴ教会が議会の役割を担い、フイス(Xuíz)と呼ばれる首長を選出する。
重要な決定は「オメス・デ・アコルド(合意の人々)」と呼ばれる3人の代表者が担い、文書は3本の鍵が揃わなければ開かない金庫で厳重に保管された。
小さいけれど、きちんとした民主的な仕組みがあった。
コウト・ミクストの終わり
この独立国に終止符を打ったのが、1864年のリスボン条約でした。
スペインとポルトガルが国境を正式に画定することになり、コウト・ミクストはスペイン領へと編入されます。
700年近く続いた特権は、条約の一文で消えたわけです。
実際に行ってみての感想

存在を知ってから、実際にその地へ行ってみて正直な感想をシェアします。
小さい村で、観光地ではありません。展示センターは存在しますが、夏季のみの開館だったので入ることはできませんでした。
教会も閉まっていて、焼かれてしまったけれど、後から作られた3つの鍵穴のある箱も見れなかった。

唯一、教会前の広場でコウト・ミクストの最後の裁判官だったデルフィン・モデスト・ブランドン(この地の終わりを見届けた人物)のブロンズ像がありました。
カミーニョ・プリビレジアードを歩こうと思ったけど、草に埋もれて手入れがされていない区間もあり歩きませんでした。
サンティアゴ・デ・コンポステーラからわざわざ訪れる日本人旅行者は、まずいないでしょう。
私も行ったからこそ、簡単に行ってみて下さいとは言いません。
でも——それでもよかった、と思うのです。
知ることに意味がある
田舎の小さな村で道の整備やセンターを開けるための人件費などは、お金がかかる。
実際に訪れる人が多いのは夏なら、その時期だけ開けるのも当然といえば当然です。
でも、ここには税金を払わず、兵役を拒み、自分の国籍を自分で決めた人たちが、何百年も生きていた歴史があった。
そういう生き方が存在したという事実そのものに、修士課程にいた当時の私は強く魅かれたのです。
実際、歴史は終わっても、その価値は認められ続けています。
2007年、スペイン議会はコウト・ミクストを文化・歴史的特異地として公式に認定する決議を可決しました。
そして2018年には、スペイン上院がユネスコの無形文化遺産として推進するよう求める決議を採択しています。
何を見たわけでもないけど、自分の中でペンディングの場所に行けたのが本当に良かったです。
実際に行って思ったのは結局こういう歴史も伝えたり、維持をしないと忘れられてしまうってこと。
ガリシアには巡礼だけじゃない、こんな歴史が眠っているという事を伝えたかった自己満足に近い記事でした(笑)
だから、最後まで本文を読んでくれたあなたに感謝です。ありがとうございました。